出雲弥生の森博物館と西谷墳墓墳(2)・・・・出雲王の墓

昨日の続き。
西谷3号墳には、8基以上の埋葬施設があり、その中に、2重構造の二つの木棺があったそうです。木棺の長辺約6m深さ約1m。木棺の中には、ガラス製の首飾り・勾玉(まがたま)などの各種玉類や、鉄剣などが納められ、棺の底には朱が厚く敷き詰められていたそうです。朱は、中国陝西省(せんせいしょう)の鉱山から採取されたものだとわかりました。朱は死者の再生・復活を願うもので、朱の量が多いほど力を持っていた人が埋葬されたと考えられています。このような手厚い埋葬が、出雲王の墓の根拠になっています。
2号墳の内部に入れるようになっていて、中に説明展示があります。
下の写真は、棺底に敷き詰められていた朱。鉄剣、腕輪やネックレスもあるのですが、この写真では見にくいです。

下の写真は、棺に埋葬されていた様子が、立体映像で浮かんでいます。胸に青色のソーダ石灰ガラスの菅玉(くがたま)のネックレス、腕には、青色の鉛ガラスの腕輪を身に着けています。

よすみの高さは約5m。法面は石で飾られています。この石を貼石(はりいし)と呼ぶそうです。この場所から少し離れた所にある、西谷9号墳(一辺60mで、全国のよすみの中で最大規模)では約3万個の石が使われていたそうです。
下の写真は、3号墳隣の2号墳の貼石。



下の写真の石は、きれいな模様が見えます。大山を歩いていても、見ることができません。

石は川原石で、神戸川上流の立久恵(たちくえ)や朝山(あさやま)周辺(西谷から約8km)と、斐伊川上流の高瀬山周辺の石(西谷から約4km)の2ヵ所の石を使っているそうです。
出来た当時は、出雲平野から見ると、白いピラミッドのように見えたと考えられます。(そのうち、草が生え土をかぶり、見えなくなってしまうでしょうが)