大山の地蔵信仰

2011年2月22日、大山町公民館主催で、大山学講座の講演がありました。講師は、杉本良巳氏。テーマは「大山の地蔵信仰」です。奈良時代平安時代には地蔵信仰は無かった。その頃は阿弥陀如来がいて、地獄に落ちる前に救ってもらえたから。しかし、平安時代末期には武士が起こり、世の中が乱れ、人間は例外なく地獄に落ちるという考え方が広まった。一度地獄に落ちた人を阿弥陀如来は救えない。そこに地蔵菩薩が現れ、地蔵信仰が始まったそうです。
地蔵信仰のもう一つの側面として、地蔵の口を借りて、人としての生き方を説くことが、いろんな説話として残っているそうです。
その一つ、「猿は3本の毛が足りない」という話。人間と猿の違うところは、猿は人間よりも毛が3本少ないという話。猿がお地蔵さんにお願いして、人間にしてくれるように頼んだそうです。お地蔵さんは、猿は毛が3本足りないので人間には出来ないと答えたそうです。1本目の毛は、友情だとか、家族の愛だとか、師弟の愛だとかの「なさけ」。2本目の毛は善悪を見分ける「みわけ」。3本目の毛は物事をやりとげる「やりとげ」という毛だそうです。3本毛が足りないと言う言葉は、私の小さい頃に聞いたり、しゃべったりしたことがあった事を思い出しました。昔のことですが。「今の自分には、「いろけ」、「くいけ」、「なまけ」という毛はあるけどな。」と言う人もいるという、おまけの話がありました。