上淀廃寺跡(2)(かみよどはいじあと)/淀江歴史民族資料館

発掘調査の結果、上淀廃寺は白鳳期(約1300年前)に建てられ、平安時代の中頃(約1000年前)に火災で焼失したと考えられています。
3塔と金堂を持つ寺院で、重要部分は築地塀で区画されています。
下の写真は、上淀廃寺の推定復元レプリカの主要部全景です。元の遺跡の上部に作られています。
写真左側の3箇所のブロックは、三つの塔の部分で、礎石が見えます。右側は金堂跡です。瓦基壇で囲まれ、中にいくつかの礎石が配置されています。

下の写真は瓦基壇

瓦の大きさは、今の瓦の1.5倍ほどあります。奈良時代の瓦の形です。
ここの、金堂跡から神将や菩薩の彩色壁画が出てきました。
その後の発掘調査で、彩色壁画に囲まれて、丈六(1丈6尺)の如来と、両脇に10尺の菩薩と四天王の塑像があったとされる塑像片が発見されました。
発掘当時、説明会に行きましたが、本当たくさんの人でした。ただし、整備された今の方が全体がわかりやすいと思います。
上淀廃寺跡のそばに、「淀江歴史民族資料館」があり上淀廃寺やこの周辺の歴史文化について説明展示してあります。但し、「史跡上淀廃寺跡ガイダンス施設工事」のため、平成21年11月4日〜平成23年3月末まで休館でした。
これが完成すると、上淀廃寺の全体像が説明されるはずです。期待しています。