大乗妙典奉読供養塔(だいじょうみょうてんほうどくくようとう)・・・・・殿河内の供養塔

昨日の日記、六十六部に続き、「大乗妙典奉読供養塔(だいじょうみょうてんほうどくくようとう)」について書かれたものがありました。文献は昨日と同じです。(参考文献:江戸時代 人づくり風土記31 鳥取。社団法人 農山漁村文化協会 1994年7月20日 第一刷発行。)
2009年1月24日の日記「 大山全景・・・・殿河内付近」に書きましたが、烏ヶ山が格好よく見えるところを探して、たまたまたどり着いたところにあった供養塔に次のように彫ってありました。写真は下のほうに載せました。
「天下和順  退久寺門前住
奉納大乗妙典日本廻國供養塔
日月清明   行者幸右エ門」

右面には   當山九せ鈍令代建立
左面には   寛政十一年己末三月吉日
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文献「3.大山詣りと牛馬市 松尾陽吉」によると概要は次の通りです。
近世の大山信仰のあり方と深い関係があったと思われる習俗として、大山寺境内および周辺の山麓地帯に広く分布している、大乗妙典奉読供養塔(だいじょうみょうてんほうどくくようとう)と、大乗妙典一字一石供養塔建立がある。
大乗妙典とは、法華経のことです。法華経の一字を一石に記して土中に埋めた供養塔で、近世中期以降盛んとなった大乗妙典納経廻国修行の風とも結びつき、その発願成就記念に建てられることが多かった。
大山分かれの茶屋跡(大山町)近くには寛政七年(1795)建立になる大乗妙典一字一石塔が残り、そのかたわらに由来塔も立っているそうです。
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私は、分かれの茶屋跡のもの見ていませんが、ここ殿河内から少し上がった所にある供養塔には、「日本廻国」と書いてあります。六十六カ国を回って来たのでしょう。偶然ですが、驚きです。
正面の写真

右面

左面

供養塔